互いに意思を伝え合うこと
『センセイの鞄』は、2001年に単行本が出版されたのち、その内容を原作として小泉今日子主演でドラマにもなりました。原作は第37回谷川潤一郎賞も受賞しています。年齢の離れたカップルの恋愛や性愛を描いた本作においては、どんなに年齢が離れていてもカップルは付き合えば対等なのであるということ、カップル間で互いに意思を伝え合うことはその関係性をより深いものにするために必要なのであるということを教えてくれました。この記事で、印象的なシーンをいくつか挙げながらご紹介します。
あらすじ
駅前の居酒屋で再会した30代後半のツキコさんと70代のセンセイの恋愛物語です。高校のセンセイと教え子だった二人が、一緒にお酒を飲んでいるうちにお互いに惹かれ合い、ゆっくりと恋人同士になっていきます。恋人としてどのような恋愛をしていくのか、その姿が穏やかな描写の中で描かれる、大人の恋愛小説です。
セックスへの不安を正直に打ち明けるセンセイ
ツキコさんとの初めての夜を迎えるより前に、センセイはこんなことを打ち明けます。
「ワタクシはちょっと不安なんです。長年、ご婦人と実際にはいたしませんでしたので。」
その言葉にツキコさんは「いいです。そんなものしなくたって。」と答えます。しかしながらセンセイは「あれは、そんなもの、でしょうか。」と真面目な表情で言います。ツキコさんも「そんなもの、ではありませんね」と答えます。
センセイは、男性が言いづらいと感じるセックスに対する不安を正直にツキコさんに打ち明けています。これは、年齢を重ねたことに裏打ちされる余裕や、ツキコさんへの誠実さなのでしょう。
セックスに自信がなくても
「ツキコさん、体のふれあいは大切なことです。年齢に関係なく、非常に重要なことなのです。でも、できるかどうか、ワタクシには自信がない。自信がないときにおこなってみて、もしできなければ、ワタクシはますます自信を失うことでしょう。それが恐ろしくてこころみることもできない。まことにあいすまないことです。」
ツキコさんはその言葉を受け、「お手伝いしますから。こころみてみましょう、近いうちに」「センセイそんなこと気にすることないです」「そんなことよりいつものようにキスしたりぎゅうっとするだけでいいんです」と、心の中でつぶやきます。
セックスをうまくできない理由や不安な気持ちをツキコさんに素直に伝える場面です。
セックスはカップルにとって大切なコミュニケーションであるという考えを持っているセンセイだからこそ、二人で乗り越えたいという姿勢でツキコさんに自身の気持ちを打ち明けます。
意思を伝えることで気持ちいいセックスができる
セックスに自信が無いことを繰り返し伝えるセンセイと、そんなものなくてもいいと答えるツキコさん。セックスが大事なコミュニケーションであることを理解しているからこそ、そのコミュニケーションをスマートにできないことを気にするセンセイにも、カップルのコミュニーケーションはセックスだけではないと考えるツキコさんにも共感できます。
挿入を伴うセックスにこだわらないという愛情表現もあります。また、挿入にこだわらなくなることで(挿入から解放されることで)より深い快感を得ることもできるものです。
その前提には、お互いの意思を伝え合える関係でいることが必要です。何をしたいのか、何をしてほしいのか、何はいやなのか、こうしたことをお互いが理解し、自分の考えを押し付けないこと、他人を傷つけないこと、こうしたことが深いつながりと信頼関係を生み、カップルのセックスを様々な意味でよりよいものにしてくれるのだと思います。
親密な関係になればなるほど、次のステップへのハードルが高くなるものです。そのハードルをどう飛び越えるかは、技術や知識ではなく「お互いに慈しみ、思いやること、コミュニケーション」が一番大切なのかもしれません。
妊娠・出産・授乳に関わらない助産師
助産学生の頃から性科学に興味を持ち始め、独学で性科学の学びを続ける。性の健康が対象とする広範な領域全般に興味を持っており、性に関する様々な事象に対して独自の視点から発信を続けている。