病院が独自に費用を負担して若者支援

熊本市中央区にある福田病院が、予期しない妊娠をしたかもしれない10代の未婚女性に対する支援の取り組みを独自に開始すると発表しました。保険証なしで匿名で利用できるうえ、初診の費用はすべて病院側が負担するとのことです。

出典:中高生の妊娠検査、無料・匿名で 熊本市の福田病院、早期支援狙う(熊本日日新聞)

妊娠に関する相談の事業は様々な団体がしていますが、医療の提供は医療機関にしかできないため、このような取り組みは大変に貴重かつ実効性のあるものです。またこうした思春期支援の事業がきっかけになり、その女性の「かかりつけの婦人科医」として生涯にわたる健康をサポートすることに発展することも考えられます。

性の健康の視点からの解説

コロナ禍で増えた妊娠相談

2020年は世界中が新型コロナウィルスによる混乱に見舞われました。日本もその例外ではなく、人々の生活の様々な部分に影響が出ています。

10代の学生世代の生活の様子も様変わりしました。例えば2020年3月に起こった全国一斉の休校要請。これにより多くの学校が休校、その後様々な理由により10代からの妊娠相談が増加したというニュースが出ました。

学校が休校して時間があり恋人と毎日会えるのでセックスする機会も増えた、バイトができなくなったので援助交際を始めた、性的な被害に遭ってしまった…。背景は様々なようですが、妊娠不安を訴える10代の女性が増えたことは確実で、引用記事によればこのたびの福田病院の取り組みはこうした事情を加味してのものでもあるようです。

医療機関にしかできない支援がある

避妊や妊娠には様々な段階があります。

セックスの時、あるいはそれ以前から、避妊を行う。
セックスの時に避妊を行わなかった、または行ったが失敗した。
避妊がうまくいかなかった時点から72時間以内に緊急避妊薬を服用する。
月経の遅れ等により妊娠の可能性を疑う。もしくは産婦人科に受診する。
妊娠していた場合、妊娠の継続について考える。
妊娠の継続をしないと決めた場合、中絶処置を行う。

このような各段階において、産婦人科などの医療機関が介入することで当事者を適切にサポートできるのです。例えば、緊急避妊薬は現在(2020年11月現在)処方薬とされているため、医療機関が処方箋を発行することで初めて入手できることや、希望しない妊娠をしていた場合の中絶処置は母体保護法指定医のもとでしか行うことができないこと、などです。

思春期から始まる女性の生涯の健康支援

多くの若い女性にとって産婦人科は行きづらい場所と認識されています(その認識自体を変えていかないといけないわけですが)。その事実から、診療時間帯のうち、ある曜日のある時間帯を「思春期外来」という枠に指定し、若者世代しか受診できないようにするという取り組み事例も日本各地にみられます。

思春期世代への支援は、最もお金を持っていない層に最も時間もお金もかかる支援を投下するという側面がありますが、病院の様子を知ってもらい、行きづらい場所という認識を変え、通うきっかけを作ってもらうことになれば、その後生涯にわたってお付き合いすることになる可能性もあるのです。

産婦人科の受診は、HPVワクチン接種が開始される10代前半から始まります。人によっては月経に関する相談をするかもしれません。そして性交の機会が始まる頃には性感染症や避妊の相談・支援も多くなるでしょう。いわゆる思春期外来で想定される内容となります。

20代から子宮がん検診が始まります。各市町村によって助成の対象者や検診間隔は異なります。子宮頸がん検査に加え、不正出血がある場合、子宮体がん検査(体部細胞診)も行う場合があります。妊娠・出産・産後ケアも20代から増えるでしょう。

40代から更年期支援が始まります。また子宮体がんのリスクが高まる時期でもあるので、子宮体がん検査も始まります。

そして70代は性器脱(子宮脱など)の好発年齢と言われており、高齢期支援として介入する場面が増えるでしょう。

このように産婦人科医は、「かかりつけ医」として女性の健康を増進する立役者となり得るということです。

10代~ HPVワクチン 月経に関する相談 避妊(中絶)支援 性感染症検査
20代~ 子宮がん検査 妊娠・出産・産後支援 
40代~ 更年期支援 子宮体がん検査
70代~ 高齢期支援

「あなた」が今日からできること

産婦人科のみなさまへ

熊本から遠く離れた札幌でも同様の取り組みを開始した産婦人科病院があるようです。

出典:中高生の予期せぬ妊娠、札幌の産院が無料で検査 早期支援狙う(北海道新聞)

これほどの規模は無理でも、貴院ができる若者支援を始めてみませんか。例えば、診療時間のある曜日・ある時間帯を「思春期外来」の時間枠にして、若者世代しか受診できないようにするということでもいいと思います。

願わくばその時、「保険証不要」や「検査が無料または廉価」という形が実現すれば更に利便性が高まると思います。

「保険証が無くても受け入れ」「無料または廉価で」ということは病院が費用を持ち出しして若者を支えることを意味しますが、長期的に見れば十分にプラスが出ることが考えられます。事業スキームの確立を通じて院外の様々な機関やリソースとのつながりが作れること、事業を開始したことがニュースになること、そしてなにより思春期外来に通った女性が生涯通い続けてくれる可能性があることです。成人してもその産婦人科に通院していれば、子宮がん検診も定期的に受けることになるでしょう。妊娠を希望する時期になったら、妊娠準備&妊婦検診、出産、産後支援と繋がります。さらに閉経を迎える頃には更年期外来という需要も出てきます。

思春期外来から始まった産婦人科受診が結果として女性の生涯支援となることが期待できます。思春期に通院を開始した女性が生涯通ってくれるようになる。この事実は、通院する女性本人にとっては「頼れるかかりつけの産婦人科医がいる」という安心感に、病院にとっては「長い年月支援を続け、通い続けてくれる女性がいる」という事実に繋がっていきます。すなわち、通院する女性、産婦人科病院双方にとってメリットがある話になることが見込まれるのです。

産婦人科病院への思春期世代のアクセシビリティを向上させる取り組みは一見持ち出しも多そうですが、一方的に持ち出して終わりとはならず、リターンのある投資なのです。貴院のできる思春期支援のお取り組みをいただき、思春期の若者の健康と権利の向上にお力をお貸しくださいませんか?

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